5日目 −カンタベリー−


  



 頼んでおいたモーニングコールで7:00に起床。昨日9:00過ぎに寝てしまったので10時間近く寝てしまったようだ。

 

朝食はコーンフレーク、トースト、ベーコン、卵、マッシュルームなどボリュームたっぷりのイングリッシュブレックファスト。他の客はみんな朝のんびりしているのだろうか、食堂にはM一人しかおらず、入れ替わり立ち代りおばちゃんやらお姉ちゃんが給仕してくれる。

チェックアウトを済ませ、荷物を預けてまずはカンタベリー大聖堂に向かう。

イギリスキリスト教の総本山、カンタベリー
大聖堂。

キリスト教総本山カンタベリー大聖堂は2度の火災により創設時の建物は残っていないが、現在のゴシック調のものも中世に建造されたもの。チョーサーの「カンタベリー物語」は、このカンタベリー詣での旅の途中にいっしょになった旅人たちが、宿屋での暇つぶしに一人ずつ披露した話を集めた物語だ。入場料は2.5ポンド、その他写真撮影をしたい人は1ポンド払ってワッペンをもらう。聖堂の中はステンドグラスに彩られた荘厳な回廊が続く。さすがにイギリスキリスト教の中心だ。
中庭の大回廊に出ると、通路に敷き詰められた石には歴代の司教の経歴がかかれ、屋根には寄付をした氏族のものだろうか、その象徴である盾のモチーフがたくさんある。聖堂の中を進んで行くとどこからかパイプオルガンと賛美歌の歌声が聞こえてきた。

大聖堂を出ると、次はカンタベリーヘリテージへ。ここはローマ時代から中世に至る2000年間の歴史の博物館である。大陸に近いカンタベリーはイギリス内でも特に外敵の矢面に立つことが多かったらしい。一般に島国であるイギリスはわれわれ日本人と同じように単一民族と考えがちであるが、その歴史は複雑で、ケルト人の建国以来ローマ人、ノルマンコンクエスト他様々な干渉を受けて来た。また、この南部のカンタベリーではあまり意識されないが、北部のスコットランドやアイルランドとの抗争も、火種が尽きたと言うには尚早である。イギリスの歴史も他国同様、民族の対立を無視しては考えられないのである。

ヘリテージを出て町を歩くと、すごい人!3連休の最初に日の観光地なのだから当たり前だが、夏休みの軽井沢といった風景はちょっとイギリスにはそぐわない。どこの国でもみんな考えることは大して変わらないということか。昼飯はマクドナルドでまたもや「ビックマックミール」。芸がないと思われるかもしれないが、ダブルバーガーミール、ダブルチーズバーガーミール、ビックマックミールがどれも2.9ポンドなら迷わずビックマックミールにするって。

少し距離があったが、聖アウグスティヌス修道院まで足を伸ばした。ここでは建造物は余り残っておらず、ほとんど廃墟になっているが、芝生の中を歩いていくのも悪くない。しばらく散策した後、ホテルに戻って荷物を受け取り、また汽車に乗ってロンドンに戻る。

 


 さて、ロンドンでは先日予約した「アマデウス」をみる。その前にツーリストインフォーメーションによって最終日のロンドンの宿を予約しておこう。今回のカンタベリーみたいにばたばたするのはちょっとうんざりだ。ところが、30ポンド(6000円)の宿を予約に手数料が5ポンド(1000円)。仲介を通して予約するのもよし悪しである。

ヴィクトリアでHさんと待ち合わせて、シアターの最寄駅のウォータルーまで地下鉄で行く。少し時間があったのでそばのパブで軽く食事をし、エールを流し込んでいく。普段余りビールは飲むほうではないが、旅先のビールは何でこんなにうまいんだろう。

シアターの雰囲気は一般的なミュージカルとは違い、服装はみなちょっと固め。思いっきりカジュアルな二人はちょっと浮いていたが、中にはジーンズの人もいたしそれほど場違いではない。チケットを見ながら席を探し、前のほうへ進んでいくと…なんと最前列のど真ん中!超特等席だ。「日本人が金にものを言わせて買い占めたと思われないかな…」。相変わらずHさんは小心者である。

「アマデウス」は最大のライバル、サリエリの目から見た天才、アマデウス・モーツァルトの生涯を描いたもので、昔、映画にもなった。この映画もミュージカル仕立てで音楽がふんだんに取り入れられ、迫力のあるものだった。とても気に入っている映画だったのでこの舞台はとても楽しみにしていたのだったが…。この舞台がミュージカルではなく、舞台劇であると気づいたのは始まって5分くらいたっても誰も歌を歌わず、歌劇の場面でテープから音楽が流れてきたときである。よく考えたら予約したとき、パンフレットにはミュージカルとは一言も書いてなかったけど…。

とはいえさすがエンターテインメントの本場、迫力のある舞台はなかなか楽しめた。時刻は10:00近くなり、後は11:30のバスでコベントリーに帰るのみ。


 





 ところが。

ないのである。帰りのバスのチケットがない。道端でディバックをひっくり返してみるが出てくる紙切れはカンタベリー大聖堂のパンフレットや行きのバスのチケット。帰りのバスチケットが出てこない。Hさんの話では金、土の帰りのバスはいつもいっぱいで、予約なしで乗ることはまず無理とのこと。とりあえずチケットセンターに向かうが、やはり帰りのバスは満席。もっともチケットをなくしてはいるが帰りの席はひとつ予約したはずだからその分あいているはずで、Hさんはそう交渉してくれたが、やはりチケットがないとだめ。ロンドンはパブは23:00にしまってしまい、その後あいているのはクラブやディスコだが、案内人なしでしかも一人で行く勇気はない。また、24時間営業の店というのもほとんどない。途方にくれて発車していくバスを見送っていると、何と自分のチケットを持っているにもかかわらず、Hさんも残ってくれるといった。普段からいい人だが、このときほどHさんがいい人に見えたことはない。多分逆の立場だったら、鍵を預かって自分はコベントリーの家に帰っていっただろう。

もっともHさんにしてもあてがあるわけではなく、現地の会社の同僚や、以前うちの部署にいたアレックスさんの家に行こうかとも話していたが電話番号がわからないのではどうしようもない。そのときはもうMは放心状態だったが、Hさんは地球の歩き方に載ってるホテルに片っ端から電話をかけ、12:00近くにもかかわらず泊めてくれるホテルを取り付けた。やはりHさんは土壇場に強い男である。何とか地下鉄の最終に飛び乗ってGloucester Roadにでて、真夜中12:00の町並みを迷いながらホテル「コンフォートイン」にたどり着く。
受付のおっちゃんは地下の部屋しかない、といってツインで60ポンド(12000円)にまけてくれた。確かにあまりきれいな部屋ではなかったが贅沢はいってられない。ほっとしたら急に腹が減ってきて、Hさんと外へ出る。夜になるとまだまだ冷え込んでちょっと寒い。ほとんどの店はしまっていたが、フィッシュアンドチップスの店が開いていて、そこに入る。もっとも11:00を過ぎるとどこの店もアルコールは禁止なのでビールの代わりにコークを頼む。
部屋に戻るとぐったりしてあっという間に寝てしまった。このところそんなのばっかだ。何はともあれHさんに感謝。