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富士山考試論  加太宏邦

キーワード

富士山、表象、言説、語源、フシ、フチ、スル、ツル、静岡、山梨、駿河、都留

要旨

 富士山は、今日、日本を代表する山とひろく認識され、またしばしば“日本”の象徴として扱われる。
 言うまでもなく、それは言説によって編制された富士でしかない。
 本論では、表象解析手法を用いて、“霊峰富士山”が隠蔽してしまったフジを太古へと還元してみるものである。
 律令制度以来、駿河(静岡県)と甲斐(山梨県)に分断されている富士山(山麓)も、古代は「水」に関係する「風景の共同体」であったという仮説を、さまざまな表象解析を通して検証してみる。
 また、この考究を通して、日本人が古来、 山への信仰を懐く民族であるという言説が、いかに無根拠であるかということも明らかになるだろう。

  • 富士山の語源
    ・富士山の山容や火山であることから説く従来の語源説はいずれも誤謬だろうだと思われる。
    ・フジはその所在する「地名」から名付けられたと考えるのが至当である。
    ・その地名というのは、水流に係る場所を表す「フチ」が由来だと推定できる。 「フチ」は、転義しているものの、「淵」や「縁」という語にいくらか残像を残している。
    ・富士山は、この地域にある山ということで単純に「フチの山」と名付けられた。
    ・フジはフチの転訛であることを本稿では実証する。

  • なぜ水と係る「フチ」の地名が発生したのか
    富士山は、巨大なスポンジ状の水ガメ(ほぼ琵琶湖に匹敵するといわれる)であり、通称「八百八沢」と呼ばれるぐらいに、円錐形のほぼ全方位に湧水現象がみられる。
    古代人にとっての圧倒的風景意識はまず「水」であったと思われる。この水からフチと呼ばれる地名が生じたと考える。

  • 水とかかわる駿河と都留
    富士山をはさんで南北に位置する、静岡県側の郡名の「スルガこほり」(駿河郡)と山梨県側の「ツルこほり」(都留郡)は古代には、区切りのない地域で、その地域名は「ツル(またはスル)」であっただろうと想像される。これが地域語の音韻癖により、ツルまたはスルに独自に転訛、律令時代以降とくにこの二地域は分断されたため、あたかも別の郡名と認識されるようになってしまったのではないか。

  • ツル(スル)の意味
    水流をあらわす。現代語では「ツルツル」や「スルスル」という擬態語や地名(「鶴」という文字を含む多くの地名)に残る。

  • 富士山は”秀麗”な”霊峰”であるか
    日本人が、アニミズム的信仰から山を神格化するという従来からの認識は再考を要するのではないか。
    山の特殊な表象は、古代大和地方での、杜や丘、低山に対するローカルな習俗からくるものであり、アヅマの富士の山にこれを適応するのは、中央(大和国家)の権力的言説に編制された結果でしかない。 古来、フチの国(あるいはスルの国)の人々は富士山を信仰の対象にした形跡はないし、審美的な風景としても見ていなかった。単なる不毛の巨魁であり、そのことは万葉集における、富士山をテーマにした都人の歌と東歌との表象世界の違いで実証されるだろう。

詳しくは『富士山考試論』(原稿)または『富士山考試論』(印刷稿)参照


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