**ラミュ短篇集 ** Recueil de Nouvelles de C.F. Ramuz
traduction japonaise

山の生活の苛酷、人々の残酷、風土の不気味、そして素朴な愛を スイス・ロマンドの作家シャルル・フェルディナン・ラミュ (1878-1947)が描く。
仏国の文学と一線を画す仏語文学宇宙の創造


スイス・ロマンド文化研究会編・訳

*夢書房刊行(現在休業)A5版 249頁 頒価 2000円 (絶版)


ファーヴル親爺の最期 La Mort du Grand Favre (extrait)(加太宏邦訳)

の夕方、それは土曜だった。村の連中五人はクリューズの森へ木を切り出し に行った。
森は大きく、ブナとかカシが生えていたが、主にはブナで、村からは半時はかかるところにある。そんなに起伏はなく、東西に平たく広がっている。で、森の北端は、広野にすぐそのまま連なり、森の方が壁みたいにのぞんでいるかっこうだ。けれど、南端は谷がえぐれている。東の方へ行くと もっと深くなる。
  小さなせせらぎが流れていて、リュ川とよばれていた。せせらぎは、その先で 石灰砂岩の床にもぐり込んでしまう。この石灰砂岩が、この地方の土質だ。せせらぎの方も、長年の間に、この地層を磨滅させ、削りこんできた。窪地の片側、森の方が、ぐっとそそり立って いる。森から見れば、ここで急に谷へ転げ落ちているかっこうだ。けれど、これ以外の場所では、森は、もつれ、三メートル下にはせせらぎが流れている。
このいちばん下の崖は、まったくの垂直というか、むしろ頭上に迫り 出していて、水は、崖にそってぎりぎりのところを流れ、このあたりでは、かなり深い。青砂土をえぐる運河みたいなのだ。[・・・・・・・]

[・・・・・・・]ファーヴル親爺は、水中に坐っていた。この砂岩の崖に瀬をもたせ かけて。急流の水面上に顔と上半身をのぞかせていた。親爺は、坐ったまま転落したのではない はずだ。というのは、髪や髭がまだ濡れていたからである。
からだごと転落してから、まだ力が残っていたのだろう、立ち上がり、さらに余力で、坐り直した らしい。こうすれば死なずにすむと信じ、助けもやってくると信じ、たぶん、声をあげ、こういう ふうに、背中をつけて、頭を反らし、うしろの岩にもたれかかって、せせらぎのつるつるの床に 手をしっかりつけたままでいたのであろう。どれだけの間、そうしていたのだろう。 親爺は、叫ぶ。だれも来ない。しんとした森だけだ。反対側はしんと した野原だけだ。日曜日だ。十一月だ。だれも通らない。それでも、 いつのまにか朝になり、長い夜は終わった。声を張り上げる。けれど、まるい灰色一色 の天があるだけだ。天からは、ただ、冷気とさみしい薄明りが降りてくるだけだ。 この冷気は、下からも昇ってくる。親爺は叫ぶ。が、その声は、弱々しい。寒さが腹の底までしみてくる。それでも叫ぶ。叫ぶ。 弱々しくなった声のかぎりに。もう一度、立ち上がろうとする。転倒する。口をあける。が、 その口からはもう声は出てこない。口はひらいたままむなしくゆがむ。もう今は、両手だけが動き 、爪が石をひっかき、割れる。そして背中に震えが走る。このとき、 天空はからっぽで、ただカラスがいく羽か舞っているだけだった。
 四人は、親爺を見つけた。口が大きく開けられ、目も、かっと見開かれていた。頭は片方 の肩に傾いでのっていた。親爺はほとんど裸だった。顔は光が透き通っている ように見えた。親爺の全身から血は抜けきっていた。

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ベルトレ Berthollet (extrait)(加太宏邦訳)

 「みは自分が強い人間だと思っているが、わたしに言わせれば、きみは弱い人間だ。おかみさんを埋葬して今日で五ヶ月になるね。雨が降っていた。おぼえているね。きみはあとからついてきた。こう考えながら、『あいつらがわしから妻を奪いとった。妻なしではいられない』と。きみは埋めてほしくなかった。おかみさんを埋めてほしくなかったから、こんなにも苦しむんだよ、ベルトレ」[......]


次の日、隣人たちはベルトレが肩に鎌をかついで朝早く外に出て、以前のように草を刈りに行くのを見てひじょうに驚いた。さらにびっくりしたことは、ベルトレがふたたび肉屋を始め、家の中を片づけ、庭の草取りをし、種をまき、木を植えるのを目にしたことである。[.........]

ところが雪はまた降り始めたのである。十二月初めに、大量に。その上、異常に寒くなった。クリスマスの日にはマイナス十二、三度に達した。元日はマイナス十度近く下がった。風が吹き、もうもうたる粉雪を空中に巻き上げた。雪はさながら蒸気に似て、一瞬、天空で渦巻き、ふたたび落下し、くぼ地というくぼ地をすっかりおおった。雪は手からすり落ちる細かい砂に似ていた。[...........]

ベルトレがすでに道を横切り、野を横切って立ち去ろうとしているのが見えた。場所によっては腰まで雪に埋まったが、上半身を前に倒して大変な努力をし、腕を振り回してほとんどすぐにそこから出た。そしてまた埋もれ、ひざから下が見えなくなった。それでもあいかわらず まっすぐサリーヌ川の方へと進んだ。月の光が、もみの枝、壁、柵に無数の銀の粉となって反射していた。さらに遠くの方では、月の光はビロードのような円形の牧草地に青い大きな広がりとなって輝いていた。その中を濃い影をなしてくっきり浮かぶ一筋の穴が点々と続いていた。ベルトレはすでに見えなくなっていた。彼女は声をかけようかと思ったが、しかしあえて呼ばなかった。
 翌日、足跡をたどりさえすればよかった。足跡はまっすぐ橋の方へと続いていた。そこには二つの岩壁があって、その両岩壁の間の川は深く、水は流れることなく、よどんでいる。その上にはパンの皮のような氷が張っていた。
 ベルトレは岩の上から飛んだのだった。氷を突きやぶり、その下で引っかかっていた。そこから引き上げるのは大変だった。火事の際に用いる鈎つきの長い竿をとりに行かねばならなかった。

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