PART2 −ホアヒンのカブトガニ−

  



 二日目は朝はやく起き、自動車を一台チャーターして7人で海へ向かう。自動車は「ビーナスツアー」、運転手は「Mr.ビーナス」。なんだかかなり無理のあるネーミングだが、まあマイペンライ。

 ホアヒンのビーチはかつて王室が避暑地として使用したビーチで、サムイやプーケットほどメジャーではないが、由緒正しいリゾート地である。バンコクからは車でぶっ飛ばして約3時間。もっとも世界的に有名なバンコクの渋滞を抜けなければならないので、賞味4時間程度かかる。先週から来ていた桃妹たちの話ではここのところ曇りが多かったそうだが、今日は南に下りるにつれ日差しが強くなっていき、海日和となっていく。

 やがてホアヒンの町につく。少し迷いながらわれわれの泊まる超ゴーカホテル「メリアホアヒン」につく。「地球の歩き方」にも高級ホテルの部類に属する。全室オーシャンビューで、歴代の王室がこよなく愛した海が一望できる。ウェルカムドリンクで一服した後、昼食を取りに行く。いろいろな店を眺めながら歩いていると、店先のバイクに腰掛けた西洋人風の男がにこにこしながらこちらを見ている。どうやらそこの店の店主らしい。そこの店に入ったが、オーナーの趣味か、小さな鉢の飾り付けがあるなど他の店とはちょっと雰囲気が違う。奥さんと見受けられるタイ人女性の料理もなかなかおいしく、旅行者がタイに魅力にハマってそのまま住み着いたパターンらしいその主人の店で昼食を楽しんだ。しかしカレーやトムヤンクンなど辛いものも多く、仏は汗を撒き散らしながら食っていた。


 



 午後。いよいよ海に入る。桃と仏は沖のほうまで泳いでいったが、泳ぎが得意でないMは足のつくところから先へ進めず、一人でいじけていた。ただ、ホアヒンの海は、白い砂浜で眺めはいいのだが水はやや濁っており、海水浴にはあまり適さない。もっぱら泳ぐのは豪華なプールの中、となる。最も、トルコを練り歩いたハードな旅から3年、歴戦の勇者たちも今は昔、すっかり瞬発力がなくなって、泳ぐよりもごろごろ横になり、コカコーラをチュウチュウする動物になりさがってしまった。まあ、このようなのんびりとした時間も必要なのかもしれない。

 日が傾き、夜の町に夕食をとりに行った。このホアヒンのあたりは海に近いだけあってシーフードのメッカ。桟橋を超えていくと海にバルコニーの一部が張り出しているレストランを見つけ、そこにはいる。エビ、カニ、魚類などおいしそうな魚介類が並ぶが、何より驚かされたのが「カブトガニ」。そう、日本では天然記念物になっている、太古の昔よりほとんどその形状を変えていないと国語の教科書に書いてあった、仮面ライダーの地獄大使を真っ黒にしたような、あのカブトガニを食べるのである。食べるのは肉ではなく、殻から中身を繰り出し、野菜やパクチー香辛料で盛り付けた大量の卵をもりもり食べるのだ。それもはじめから盛り付けられて出てくるのならいいが、カブトガニ、野菜、パクチ-、ひき肉(何の肉?)が、まず各々個別に出てくるのを店の女の子がテーブルで盛り付けてくれる。われわれが顔をしかめていると、観光客にありがちなのだろう、パクチーがだめなのかと思ったようで、せっかく盛り付けたところからわざわざパクチーを選って抜き出してくれた。こうなったら食べないわけにはいかない。卵は直径2,3mm程度で、スジコのような形状。味はそんなに癖はないし、歯ごたえも悪くはないのだが、どうもカブトガニの卵、と考えるといまいち食が進まない。女の子がどんどんみんなのさらに盛り付けてくれるのだが、そばにいたネルちゃん、「けっこういけるやん」と積極的に食っていた桃子に集中、Mは残念ながら途中でノーサンキュー。




カブトガニ料理。中身を抜き取った甲羅にカブトガニの卵、ひき肉、野菜などをまぶし、香草パクチ−で風味を出す。



 カブトガニで白亜紀の古くより脈々と受け継がれてきた地球の歴史を味わったあと、ナイトバザールに向かった。ホアヒン付近のナイトバザールは結構有名でなかなか人通りも多い。ナイトバザールの楽しみはなんと言っても屋台の食い物だが、いまいちパクチーが好きになれないMは積極的になれない。それにシンガポールでも痛い目にあったドリアンの匂いがそこら中に充満している。さすがにタイでの経験が豊富な仏はいろいろ物色して、ある店からたこ焼きのでっかいような形をしたものを買ってきた。ココナッツミルクを原料にしたものを焼いたもので、ひとつもらって食べると甘くてめちゃまず。






ホアヒンの夜市。露出を長くしたらボケてしまったが、
期せずして雑然さを良く表現している写真が撮れた。
屋台の食べ物はあまり日本人の口に合いそうにない。

 


 桃ママや女性陣がまだ買い物に精を出しているうころ、どうも桃子の様子がおかしい。とにかく早くホテルに帰りたがる。あんなにすばらしいホテルだから早く帰りたいのもわかるが、そんなに急ぐこともないのに。帰路、水やお菓子を買おうと入った店でついに、「俺、先に帰ってるわ」と、行ってしまった。部屋に戻るとしんどそうに寝ている。どうやらカブトガニにやられたらしい。別に悪い病気を持っている生き物ではないが、コレステロールたっぷりの卵をあれほどもぐもぐ食ったら気分も悪くなろうもの。それにカブトガニには3億年の悠久の歴史がある。ナメてはいけない。しかし、明日からは桃ママたちとわかれて個別行動をし、トルコ時代に戻って安宿を渡り歩く予定である。こんな調子で大丈夫だろうか。ちょっとだけ心配になったが長旅の疲れもあり、5秒で眠りに落ちた。





 翌日8:00ごろ起床。日本との時差は2:00で、日本時刻では10:00だからこの位の時間の起床は楽勝だ。昨日体調を崩して床に臥した桃が心配だったが、一番寝たらすっかり回復したようだ。しかしなぜか目が土偶のように3倍くらいにはれ上がっている。朝飯は階下のレストランで超豪華ビュッフェ。日本のビジネスホテルでも朝食がビュッフェ形式のところもあるが、たいていメニューが2,3種類で食べるものも決まってしまうがここは違う。タイ料理を中心にヨーロッパ系のベーコンやソーセージ、種類豊富の野菜や果物に朝粥まである。卵はその場で注文してオムレツやスクランブルエッグにしてくれる。

 午前中はプールでもうひと泳ぎする。といっても昨日同様、もっぱらぐだぐだするだけ。


青い青い海と女性陣。




 さて、チェックアウトの時間が近づく。ここでひとつ決断を下さなければならない。当初の予定通り、桃ママたちとわかれて当初の予定通り貧乏旅行に入るか。あるいは、桃の体調が戻らなかったらそうしよう、と話していたのだが、桃ママたちと一緒にビーナスツアーの車でバンコクまで帰るか。桃の体調はすっかりいいので、前者の道を行くのが本来のたびの目的。しかしこの豪華ホテル、豪華プールを満喫してしまったわれわれにもうハードな旅をする甲斐性はなかった。人間、一度楽な思いをするとなかなか後戻りはできないのである。桃妹たちの「負け犬」のあざけりもまったく意に介さず、われわれはいそいそとビーナスツアーの車に乗り込んだ。

 この章の冒頭でも触れたが、ホアヒンはもともと王族御用達のリゾート地である。そのためいくつか離宮があり、そのうち現在は使われてない、KlaiKangwanというところへよった。木造中心の涼しげな建物が緑の庭の中に並ぶ。日本の離宮と決定的に違うのは、建物はもちろんだが、庭園に育つ木々である。当然南国の植物中心で、日本の厳かさ、あるいはわび、さびは微塵もなく、のんびりと昼寝でもしたくなるような、心地よい緑が広がる。さらに、中二階程度の高さの回廊の先端には真っ白な砂浜、そのむこうに緑色の海が広がり、さすが王様、いいとこおさえてるねえ、といった感じ。